メルヴィン的、エルドラージかくあらざりき(前編)
メルヴィン的、エルドラージかくあらざりき(前編)
メルヴィン的、エルドラージかくあらざりき(前編)
かくありき

昨年公開されたマローの記事※1によると、嚥下と昇華者の再録は絶望的ということらしい。もとより私はこれら戦乱のゼンディカーのエルドラージのデザインに苦言を述べるためにこのブログを作ったので、市場調査の結果とマローの結論に何ら疑問はない。何度か述べたように、新たなメカニズム的実験として追放領域を扱うのならば、それは嚥下のように無意味なものであってはならなかったし、手垢のついたデザインのために昇華者の枠を割くべきでもなかった。戦乱のゼンディカーのエルドラージのデザインは率直に言って失敗しており、そうしたメカニズムの再録可能性が低いのは当然のことだ。

しかし、将来のマジックでこれらウラモグの血族を目にすることが本当になくなったのだと思うと、私としては別の感情を抱かざるをえない。最初の記事※2を書いて以来、私は嚥下と昇華者のデザインを魅力的にする方法について考え続けており、すでに記事にしたものも含め、私の空想の中の戦乱のゼンディカーのカードはかなりの数になった。人間とは不思議なもので、エルドラージのデザインについてあれこれ妄想するという行為が、どういうわけか彼らに対する愛着を生んだようだ。今や私は、不幸にも失敗してしまった彼らのデザイン的な名誉を回復したいという熱意に駆られている。

ストーリー※3では、ウラモグとコジレックが倒されてもなお、その血族は依然としてゼンディカーに残っているらしく、そうした生き残りが統率者のような製品に収録される可能性もないわけではない。しかし、プレイヤーが求めるものこそ製品化に値するという前提に立つのなら、優先的に印刷されるのはおそらく無色マナ関連のカードだろう。追放領域をメカニズムとして再び扱う可能性についてマローがどう考えているのかはわからないが、少なくともその最初の挑戦は大いに不満の残る結果に終わった。完結から1年以上が経った今、戦乱のゼンディカー・ブロックの最も印象的な記憶とは(コジレックの血族の)無色マナにまつわるものであり、決して追放領域ではありえない。

したがって、エルドラージが何らかの理由で再び姿を現すことがあるとしても、それが追放領域をテーマにしている可能性は非常に低い。同様に、追放領域が再びテーマになるとしても、それがエルドラージと結びつけられている可能性は決して高くはないだろう。それはすなわち、未来のマジックにおいて、追放領域を使ってより魅力的なエルドラージがデザインできるということを証明する機会がほとんど失われたことを意味している。

こうした状況から、追放領域とエルドラージの間に広がるデザイン空間の可能性を追究できるのは、もはや空想の中だけになってしまった。私のアイデアすべてが魅力的だということはありえないが、20枚近い私のアイデアの中のたとえ1枚でも彼らのデザイン的な名誉回復に貢献できたなら、これ以上嬉しいことはない。

※1……http://mtg-jp.com/reading/translated/mm/0018047/(ストーム値:『ゼンディカー』『戦乱のゼンディカー』ブロック/Storm Scale: Zendikar and Battle for Zendikar)
※2……http://casualmtg.diarynote.jp/201602271838453600/
※3……http://mtg-jp.com/reading/translated/ur/0016563/(ゼンディカーの復興/Zendikar Resurgent)

無色の追放

以前の記事※4で、私は無色と追放領域のわずかな重なりを使って新しいカードが作れないか試みたことがあったが、単に追放領域の利用方法を分類するに留まってしまい、あまりうまくはいかなかった。今にして思えば、無色と追放領域の共通部分を洗い出すだけではなく、そこから有色と追放領域の共通部分を引く作業が必要だったのかもしれない。

※4……http://casualmtg.diarynote.jp/201604070027176861/

反自然/Against Nature  (1)
インスタント
パーマネント1つとそのパーマネントを対象とする呪文1つを対象とし、それらを追放する。

http://competitive-casual-magic.tumblr.com/post/156950937232

カラー・パイを持たない無色のカードで他のカードを追放するには、それを正当化する何らかの論理が必要だ。そのための最も簡単な方法は、おそらく追放能力を状況依存的にすることだろう。つまり、無色のカードに単純に何かを追放させるのではなく、特定の状況が追放に変わるよう背中を押す働きをさせるのだ。

《命取り/Fatal Blow》がダメージを《終止/Terminate》に変えるカードだとすれば、《反自然/Against Nature》は《終止/Terminate》を《剣を鍬に/Swords to Plowshares》に変えるカードだ。そしてもちろんのこと、あらゆるコンバット・トリックへの対策カードでもある。

ルール上不正なものというわけではないにせよ、このカードのテキストには奇妙な響きがある。特に、英語版テキスト(Exile target permanent and target spell that targets that permanent.)には文章を機械的に切り貼りしたような不思議なリズム感があり、どことなく次元間生物の呪文の詠唱を思わせる。

無に帰す/Return to Nothing  (2)
エンチャント ― オーラ
エンチャント(土地でないパーマネント)
対戦相手がオーナーであるカードが1枚いずれかの領域から追放されたとき、エンチャントされているパーマネントを追放する。

http://competitive-casual-magic.tumblr.com/post/156997399668

このカードは追放能力を適切に調整して無色にするという目標をうまく達成しているように見えるものの、実際には他の追放手段に頼っており、問題の解決にはなっていない。《忌むべき者の頸木/Yoke of the Damned》とは違って追放は容易には起こらず、完全に色を使わずにカードを追放するためには別な無色の追放手段が必要になる。

次元の外へ/Into the Outside  (3)
エンチャント
あなたが次元の外へを唱えるためにさらに(3)を支払うなら、あなたは次元の外へを、瞬速を持っているかのように唱えてもよい。
パーマネントが1つ対戦相手のコントロール下で戦場に出たとき、 次元の外へを生け贄に捧げる。そうした場合、そのパーマネントを追放する。

http://competitive-casual-magic.tumblr.com/post/157040082891

このカードも過去の黒いカードによく似ている。元になっているのは未来予知の《危険な墓/Grave Peril》で、インスタントメントになり、土地をはじめとするクリーチャー以外のパーマネントも追放するようになった。

戦乱のゼンディカーでは《存在の一掃/Scour from Existence》が、霊気紛争では《万能溶剤/Universal Solvent》がデザインされ、無色の万能除去に与えるべきマナ・コストは7マナ程度だという不文律が示された。《次元の外へ/Into the Outside》に瞬速を与えるコストはどちらかというと美的な面を優先して設定されているが、合計のコストは偶然にもこうした無色の《名誉回復/Vindicate》を連想させるものになっている。

少数は多数/Less Is More  (7)
ソーサリー
各プレイヤーは、自分の対戦相手がコントロールするパーマネントの中の色1色につき、自分がコントロールするパーマネントを1つ選ぶ。その後、各プレイヤーはそれぞれ、自分がコントロールする他のすべての土地でないパーマネントを追放する。

http://competitive-casual-magic.tumblr.com/post/157081367127/beat-the-wedge-decks

戦乱のゼンディカーが発売されると、このセットのカードは土地と《ゼンディカーの同盟者、ギデオン/Gideon, Ally of Zendikar》だけだ、と冗談半分に(半分本気で)言われるようになった。実際、皮肉なことにこのエキスパンションによって強化されたのは、無色のエルドラージでも多色の同盟者でもなく、多色の楔のカードだったのだ。

R&Dがそうした事態を想定していたかどうかはわからないが、仮にエルドラージをメタゲーム上で多少なりとも優位に立たせたかったのであれば、《包囲サイ/Siege Rhino》をはじめとした楔のカードに対する何かしらの有力な対抗手段が必要だったように思われる。

《少数は多数/Less Is More》は奇妙な状況を引き起こす全体除去で、プレイヤーがコントロールしているパーマネントの色の数が少ないほど対戦相手に大きな被害を与えることができる。《全ては塵/All Is Dust》と異なるのは両方のプレイヤーが無色のデッキだった場合と、片方のプレイヤーが土地以外のパーマネントを出していなかった場合で、色に関係なくすべての土地でないパーマネントが追放される。

(後編に続く)

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